

私がロードバイクを買ったのには、とくに大きな理由はない。
たしか半年ほど前。
商談帰りにふらりと寄った飲み屋で、学生時代の友人と偶然再会したのだった。
お互い立派になりつつある下腹を「やばいなぁ」なんてさすりながら話しこむうち、
自転車通勤を始めようと、奥さんに頼み込んで
15万円もするロードバイクを買ってもらったという話を聞いたのだ。
なかば呆れに似た気持ちを抱きながらも、興味を持ったというのが
私と“愛車”が出会うきっかけ、だった。
――そして今、私は愛車とともに、京都にいる。
といっても町屋が立ち並ぶ市街地ではなく、緑と静けさに満ちた静かな洛北エリアだ。
あの友人とともに学生時代をすごしたこの土地がむしょうに懐かしく思え、
自転車で巡ることに決めたのだ。
街がまだ、けだるい靄(もや)に包まれている朝。
ひんやりとした心地よい空気の中、ぐっとペダルを漕ぎ出す。
苔むした石垣、水路を流れる清流の音、どこかの家から漂う朝げの匂い。
あの頃と同じようで、でもどこか違う風景に
当時の記憶がシンクロし、懐かしさで胸がいっぱいになる。
次の角を曲がった先には、いったいどんな光景が待ち受けているのだろう……
胸を高鳴らせつつ、少しだけスピードを上げる。
「……パパ、待って~!」
最近ロードバイクを買ってやったばかりの息子が
体のわりに大きなヘルメットをかぶって、よいしょよいしょとついて来る。
とくにかっこいい理由なしに自転車を始めた私には、
じっくり語れるようなかっこいいウンチクやこだわりもない。
だが、肌で景色を感じられる爽快さと、この小さな仲間がいる限り、
私の自転車旅は、どこに行ってもきっと幸せに違いないのだ。
「幸せとは旅の仕方であって、行き先のことではない。」
アメリカの偉い人が言った言葉だったかな。
「ごめんごめん」
軽くブレーキをかけて、私たちは残りの道のりをスローペースで進み始める。


