発見の旅とは、新しい景色を探すことではない。新しい目で見ることなのだ。 マルセル・プルースト(フランスの作家、1871~1922)

STORY | 父と一緒に、初めてのトレッキング。

――ロープウェーに乗ってわずか5分ほど。
突然、目の前の木々がなくなり、ぱあっと視界が開ける。
青空の下、山脈が手前から向こうへと濃淡のグラデーションを描く。
ロープウェーの山頂駅に降り立った私は、さっそく駅の看板の前に立って
真新しいバックパックからカメラを取り出し、ブログ用にパチリ。
「ねぇお父さん、写真撮ろ……って、もう行っちゃってるし!」

今日は私にとって記念すべき、初登山の日。
来月、大学のサークルの夏合宿でトレッキングに行くことが決まり、
せっかくなので今流行りの「山ガール」風のアウトドアファッションを買い揃えた。
ビビッドカラーのタイツに、防寒機能を備えたストレッチ素材のスカート。
夏でも朝晩は冷え込む山も、きっとこれで快適&ご機嫌なトレッキングになるはず!
……と、リビングで母を観客にファッションショーをしていたら、
学生時代からの登山愛好家の父がひと言、「いきなり新しい服で行くと失敗するぞ」。
じゃあどうすればいいのよ~?と口を尖らせる私に、
いかにも“仕方ない”な表情で父が言う。

「慣らし登山、付き合ってやるか……」

近場で、ちょっとしたハイキング程度でいいからね~、と軽い気持ちで言ったところ、
あれよあれよという間にルートをリサーチし、気候をチェックし、
決まった行き先は、車で2~3時間ほどの距離にある新潟県・八海山。
「ここに決めたからな。家を朝5時に出るから、ちゃんと用意しとけよ」
……なんか、突然本格的なんですけどぉ~。
しかもネットで検索してみると、断崖絶壁なんかもある本格的なコースなのだとか。え~!
「一度言い出したら聞かない人だからねえ。
苦労した分、いいもの見られると思って、行ってきなさいよ」
半ばおもしろがるような母のひと言にため息混じりにうなずき……今、まさに
八海山に着いたというわけ。

「ここはな、1,200年前に開山された由緒正しい霊山なんだ。
ほら、そこの高台に神様が祀られてるし、あっちの丘に修験者が鳴らす鐘もあるだろう?
あとなぁ、モリアオガエルっていう天然記念物のカエルがいる池も有名だな、うん」
……カエル? ていうか、今日のお父さん、なんでこんなに饒舌なんだろう。
そんなことを考えながら父の背中を追って、もくもくと山道を登っていく。
シダが生い茂る道は森の中の小路という感じで、ざくざくした土の感触が靴裏に心地よい。

あっという間に1時間半ほどが過ぎ、6合目の「女人堂」に到着した。
「昔、ここから先は女人禁制だったそうだ」。いちいちうんちくを欠かさない父。
女人堂からは、はるか眼下に広がる魚沼の水田地帯が見渡せる。
小さな長方形の稲田がびっしりと平野に広がり、模型みたいでとってもかわいい。
ロープウェーの力を借りたとはいえ、
あんなに下の方からここまで上がってこられたなんて……すごい!
シャッターチャンスとばかりにカメラを構える私をよそに、
父はほかのハイカーたちと楽しそうに情報交換会に興じている。

家での無口な姿から想像できないくらい、にこやかで、おしゃべりな父。
出発前にニヤニヤしていた母は、このことを予想してたんじゃないかなぁ。

「じゃ、この辺で戻るか」
そうそう、ちょっとしたハイキング程度の予定だったんだ。
難関が続く本格コースに突入しなかったことに安堵しながら、ちょっと残念な気も。
下山したら、いつも通りの無口な父に戻っちゃうのかな。

「……ねぇ、こないだ居酒屋に『八海山』っていう日本酒があったんだけど、
それとこの山と関係あんの?」
「この山には雷電様の名水というのが湧いててな、その水を使った日本酒だな。
 あれはなー、香りがいいんだな~!うん、きりっとした味わいで夏にうまい」
――八海山の“饒舌の魔法”は、お酒も同じだろうか。
今度差し向かいで日本酒を飲んでみるというのも、悪くないかな。うん。

大河ドラマの1シーンにも使われた稜線。湧き出る名水が織り成す滝。父が案内してくれた、八海山の神秘的な景色を巡るルート、こっそり公開しちゃいます!>TRAVEL GUIDE
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