

うららかな日が差し込む電車内。腕時計をちらりと見る。
「……あした、ヒコーキ乗るんだよね」
――14時半。そろそろ会議が始まっている頃か。
「……おかし、買ってもいい?」
――用意した資料、ちゃんとモレなく配布されているだろうな。
「……ったら、ねぇ。ちゃんと聞いてる? ねぇパパってば!!」
ごめんごめん、と謝りながらプリプリしている息子と手をつなぐ。
今年は仕事三昧で夏休みが取れず、正月休みも怪しい雲行きになってきたので、
あえてこの時期に取った、少し早めの“冬休み”。
「今って、海外旅行がお得なんじゃない?」という妻の言葉が決め手になって
小学生の娘と息子を連れて、家族4人でハワイに出かけることになったのだ。
行き先を告げたところ、「ゲーノージンみたい!」と盛り上がる弟と、
「なんかベタすぎるって感じー」とクールなお姉ちゃん。ふたりの反応は正反対だった。
わが家から羽田空港までは、電車を乗り継いで4時間ほど。
直接空港に向かうことも可能だが、こどもたちに無理させるのも心配なので
都内で一泊しよう!と、空港まで電車一本で行ける品川のホテルを予約しておいたのだ。
用意された客室は、眼下に鉄道のターミナルが一望できる部屋。
息子は、京急だのNEXだの踊り子だの、知っている電車を見つけて大喜び。
あの電車、こないだ出張で乗ってな~……と、私もつい一緒に見入ってしまったところに、
「……てゆーか、パパも、はしゃぎすぎだし」と冷たい娘のひと言。
仕事浸けの父親にちょっと不満が溜まっているようだと、最近ママが話していたっけ。
困ったなぁ……と、ママに助けを求めるように視線を投げかけると、
「じゃあママ、水着が似合うようにネイルサロン行ってくるから! あとよろしく~」
こ、こ、困ったなぁ……この密室で、何をしゃべったらいいんだろう。
いつからだろう? 娘とあまり家で顔を合わさなくなったのは。
私は深夜帰りが当たり前になり、お姉ちゃんも休日は友達と出かけることが多くなった。
ちっちゃな頃は、よく砂場でおままごとをして遊んだものだ。
眠くなると「おはなししてー!」と妖精が出てくるお話をねだっていた娘は、
6年生になった今でも、おとぎ話が好きなのだろうか。
そうだ、昔みたいにお話をしてみよう。
きちんと聞いてくれるか少し不安を感じながら、私はこどもたちに語り始める。
「――ハワイでは、たくさんの精霊たちに会うことができるんだ。
ずっと昔からハワイ人は、大地に宿る精霊たちを大切にしてきたんだよ。
さあ、パパが知ってる“4人の神様がハワイを作ったお話”を聞かせてあげよう。
昔むかぁし……」大学時代に専攻していた民俗学が、こんなときに役立つとはなぁ。
話が進むにつれ、お姉ちゃんの目は幼い頃と同じように輝き始める。
「――フラダンスってあるだろう? あれだって、ただの踊りじゃないんだぞ。
ひとつひとつの振り付けに意味があって、今話していた“神様の伝説”が
ちゃんと伝わるようになっているんだ。すごいよなぁ~」
身を乗り出して聞いていたお姉ちゃんが、ポロリとつぶやく。
「踊りでお話が伝わるの? ホントに? それって、すごい」
そう、多くのフラには大地と家族への愛の意味がこめられているんだ。
ゲーノージンに憧れているからでもなく、ベタな旅先にしたかったからでもなく……
パパがハワイを行き先に選んだ理由、わかってくれるかな。
「じゃ、そろそろママを迎えに行って、ケーキでも食べるかぁ!」
腕時計を外し、携帯電話の電源をOFFにして、手を差し出す。
右手には息子。そして左手には、ちょっと照れくさそうなお姉ちゃんの手。
ちょっと汗ばんだ小さな手のひらをぎゅっと握って、ドアへと進む。
これから始まる家族旅行への、記念すべき第一歩だ。


